Incense
嗅覚探求ブランド サンガインセンス香煙研究所にて、インセンス調香の基礎を学ぶ中で、調香が完成した作品の記録。
はじめに
嗅覚媒体/芸術は、「快感がある媒体=いい媒体」とされるのが、その大きな特徴である。
視覚芸術は、見ていて快感のある作品が、良い作品だとは限らない。社会的に良い絵画と評価される作品は、時に受け取る人に直感的な違和感や不快感を与えたり、不快さを伴う批判を社会に投げかけたりすることで、人や社会を問いただすことがある。
それに対して、ある嗅覚媒体が「いい媒体」なとき、その必要条件は「快感、心地よさがあるか」である。ここにおいて、誰もが共通して快感を感じるとき、快感をもたらす構成要素が、そこには共通してあるのではないかと仮説を立てた。
ロープインセンスをつくるプロセスは、「快感」の解像度をあげて、その構成要素を見つけるプロセスだった。
シナモン
腹八分目感とは何か、という問いから生まれた香り。
シナモンを中心に、松脂と龍脳で発酵の酸味を、ミカンの皮で果実の酸味を表すことで、立体的な酸味のある香りに。
調香ノート
南インドカレー屋のミールスを食べた際、腹十分目なのに、いい意味で腹八分目感があることに気づいた。この世の食事は、お腹いっぱい食べると「もうしばらくこの味はいいや」という食事と、「お腹いっぱい、でもまたすぐ食べたい」と腹八分目感を生む食事の2つに分かれると思う。ここで、この腹八分目感は、ロープインセンスの場合だと「またすぐに焚きたい」という体感であり、これは快感の体験の1要素なのではないかと考えた。
そこで、この「腹八分目感」とは具体的にどういうものか分かれば、快い香りをつくる引き出しが1つできるのではと思った。
まず、腹八分目感の解像度を上げるために、腹十分目感と比べた。
腹十分目感(”もうしばらく食べたくない感”)には、1.飽き、2.うっと気分の悪くなる体感という2つの要素があると思う。またその時、飽きをもたらすのは、食事の単調さ、気分の悪くなる体感をもたらすのは、Ⅰ長く残りすぎる後味と、Ⅱ強すぎる香り/味ではないか。
よって、ロープインセンスで腹八分目感を出すには、その逆にすればいい。そこで、次の3つを柱に、香りを組み立てた。
1. 味・香りがシンプルすぎない。
ここでのシンプルとは、よく職人さんが言う「発展させたあとに、研ぎ澄ませた結果できるシンプル」ではない。そこには、その「1」に豊かさや奥深さがつまっているが、ここでのシンプルとは、奥行きや立体感のない、単調さという意味である。
調香では単調さをなくすために、複数の香料で立体構造とメリハリのあるタイムラインをつくることを意識した。
2.後味がべたっと長く残らず、すっきりと引く。
自然物は基本的に、味より香りが長く残ると思う。人工甘味料を味わった時に違和感があるのは、その逆で香りがなく「甘味」のみが長く残るからではないか。
調香では後味をすっきりさせるため、べたっと甘味や苦味が残るクローブなどの香料を省き、高い香りのトーンを持ちつつ、甘味は下にべたっと広がらないシナモンを香料の中心とした。
また、後味をすっきりさせる要素の1つに酸味があるのではと考え(カレーやヨーグルトなどの後味を参考にした)、酸味を持つ香料をシナモンに合わせることを考えた。
3.味・香りが強すぎない
強すぎないかどうかは、長期的に試して調整していくこととした。