人と人の間に存在する香り
他者と自分が、同じ世界に立ち合う時。その間にある香りに関する記録。
互いの世界に立ち合う時に存在する、香りのもたらす没入感
人と人の間にある香りを、生み出す人となりたいと思ったのは、ウィーンのアトリエで友人の内面のポートレートを描いていたときだった。彼らには、彼らを彼らたらしめる香媒体をはじめ、彼らを形成してきた思い出の品をアトリエに持ってきてもらい、それらをその人とわたしの間に置いて、その話を聞きながら制作を始めていった。服は一番外側の皮膚と、よくいうが、ここでのオブジェクトは、まさにその人の一番外側の皮膚のような役割を果たしていて、拡張された私たちは、互いの空間の重なりに没入した。
ある日、ポートレートの制作を始めたとき、まったく筆が動かないことにとまどった。そこで一旦諦めて、どうして何も描けないのかと考え、1つだけ思い当たったことが、香媒体がその時だけなかったことだった。他のオブジェクトはいくつもそろっていたが、私たちのいた場には香りがなかった。香りがなく視覚・触覚で捉えられる他のオブジェクトがあるとき、それらと人の間には「距離」がある。よって、そのオブジェクトに囲まれた彼女と、そのオブジェクト全体は、自分とは「距離」のある切り離された他者として捉えられた。一方香りは、「距離感」を消滅させると思う。1つの香りの中で、二人の間に、二人の間にしかない磁場が生まれるように、その空間に没入する。没入するとは、自分の位置関係も他者の位置関係も、相対的にわからなくなることであり、それによりかつてはっきりとあった自他の境界が少しずつ薄くなる。二人の自己が重なる部分へ、二人で没入する中で、二人を巡る血液循環のようなものが生まれ、私はそれが自他を貫く状態を「貫通」と呼んだ。
興味深いことに、ヘビースモーカーの彼女がいつも吸っていたたばこをその後買い、そのたばこを一本吸って、残り香の中で筆をとると、驚くほど筆がするすると進んでいった。ここから、「互いの世界に立ち合う」にはそこに香りによる没入感が必要なのではないかという仮説が生まれた。そこで、そんな香りを生み出すことに、生を注ぎたいと思うようになった。